心が揺れるのは生きている証

このブログは人生の転換期を迎えた私が、転換期とは知らず、もがき苦しみ、道の途中で新たな生き方&思考・新たな自分の構築を模索しながら生きてきた証です。(現在進行形)


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自分の内面に目を向ける→必死で努力→助け→成功

※いつも通り3次元的思考の上、途中、感情むき出しになります。
※スピリチュアル苦手な人は、ご注意下さい。

吹っ切れた部分もあり、膿を出し切る。


10月12日(月) 00:58

ここまで、かなり厳しい茨の道だった。この記事文と重複するかもしれないけれど…

冷静になって振り返ると、一つひとつは大したことじゃないことなんだけれど、当時は冷静な判断が出来なかった。当時といっても、冷静さを取り戻したのは今月に入ってだと思うが…

どうして、「一つひとつは大したことじゃないこと」だと気付いたかというと、同居人自身が私に言ったから。

『こんなの、大したことじゃないんだから…』と。
(この言葉を聞いたのは、ここ1~3ヶ月のことだと思う。)

いつも、大層なことのように激怒していた本人の口から出てきた言葉だったから、すごく驚いた。
おそらく、同居人より立場が上の知人に言われた言葉をそのまま私に言ったのかな…と思う。



いつも、大層なことのように激怒され、会話にかなり気を遣わなければならなくて、毎日が憂鬱だった。
いちいち激怒されることに関して、漠然とオカシイとは思うものの、何が決定的にオカシイのかが分からなかった。

(同居人いわく、一度ガッツリ怒れば同じ失敗はしないだろうと思っての行動だったらしい。)

(精神障害を持っていると分かっていながら、普通の人として扱うことを同居初めに宣言された。
うつ病などの精神障害の場合、記憶力低下が起こるにもかかわらず、普通の人と同様の扱いを受けるのは正直厳しいし辛かった)

(一緒に住み始めの月から三ヶ月くらいは、毎日のように怒鳴られていて、会話は、ただただ恐怖でしかなかった。
普通の会話が出来ないと思った。)



「いつもいつも私のせいにされる…」
「本当に私が悪いのかな…私だけが悪いのかな…苦しいよ~…辛いよ~…助けて…」状態。

もう、とにかく、この辛くて厳しい現実から逃れたい!!どうにかしたい!!と思った。

誰か助けて!!!!!と必死だった。
何か方法があるはず!!!
(藁にもすがりたい思いだった…)

とにかく、必死に情報を探しては読み漁り自分に取り込んだ。
焦る気持ちと、まだまだたりない!!という想い。



現実に反映させる為、思考や物事への捉え方を変えようとした。
だけど、初めは、うまくいかなかった。
反映されないどころか、否定される始末。

私が本やインターネットからの情報を読み漁っていて、その中の情報で議論することが、たびたびあった。
そんなことが続くこと10ヶ月~11ヶ月くらい。
ある日、同居人から突然、言われた言葉。

『本もネットも嘘ばっかりだから、鵜呑みにしないでね』

衝撃的だった。
(もちろん、あらゆる情報媒体に嘘が混ざっていることは承知しているし、判断力が求められるのも理解している)

同居人自身も、私が以前ネットから印刷した、ある精神障害の特徴が自身に当てはまり、『この障害かも…』と認めていたり、ネットで拾ったこの世界を操っている組織のことや、放射能に関してなどの情報を信じているにもかかわらず、私には本もネットの情報も鵜呑みにするなって、どういうことだろう?と思った。

それは、まるで、私の成長を阻みたいような邪悪な感じに聞こえた。

私が、いろんな情報を元に同居人を論破したり、同居人にとって都合の悪い情報を盾にされたくないみたいな…
(本当のところは分からないけれど…)

後日、タイムリーなことに“妨害されたということは、自分が進んでいる道が正しいという証、もしくは、もういい加減気づきなさい!ということ”という記事を見つけた。

私は、自分が進んでいる道を正しいと判断した。

その後も諦めずに努力し続けていた、ある日、少しずつ現実に反映されるようになった。

(あるHPを見つけたところ、バ〇ルステージ・バ〇アステージにいる人同士はいじめっこいじめられっこの関係になりやすい為、この上のステージを目指すことにした。その為に自分の内面に目を向け自分を愛する行為の積み重ねを努力→なぜか相手の対応が良い方向に変わった。※ただし、個人的なやり方であって上記HPのやり方ではないと思う。教材を購入していないから本当のところは分からないけど…)

前記事でも書いたように、ブログやHPを書いている人たちの言葉や考え方に癒され救われていき、精神的に浮上するにも至った




腑に落ちたことを勇気を持って実践!
自分が放ったことが戻ってきたと分かった、待ちわびた瞬間が訪れた。

ただ、情報の中には、心地よく、すんなり受け入れられるものもあれば、心が痛んだりイラッっときたりで、すんなり受け入れられないものもあって…
そんな時は、自分の未熟さを残念に思い…まだまだだな…と感じた。



また、ある時、自分とは面識の無いものの同居人の知人(?)からの助けが間接的に入ったこともあった。
(スピ的にいうと天からの助けともいう)

『この年代(30歳前後の人)っていうのは、頭が良い悪い関係なく、「マジで!?ヤバい!」だけで話が通じてしまう世代。
だから、言葉の表現力が乏しくて当たり前なんだよ。』ということを言われたということだった。

『まぁ、確かに!』と実際のエピソードを添えて私は同意した。

後日、言葉の表現の乏しさへの過激な叱責(激怒)は無くなった。
(怒ることと叱ることの意味は本来別だけど、生活上、自分にとっては同じようなもの。大した差はない)




情報から情報へと、導かれるように物事の捉え方を書いているサイトに出会う。
(いわゆる4次元的思考・捉え方の実践は“ブログ第二弾”で試し中)

表現は、それぞれなのに伝えていることは同じ。

今までピンとこなかった情報がピンときて嬉しかったり、ピンとこないままで残念だったり、楽しむ余裕が出来るようになった。

(ピンとくる時は、その情報を受け入れる準備が出来ているということ。
ピンとこない時は、まだクリアしなければならない課題が残っていて受け入れる準備が出来ていないと判断している)

余裕が出来たということは、同居人に激怒されることも、ぶつかることも激減したということで…精神的負担も、かなり減ったということ。

自分の内面に目を向けたことが功を奏したかたち。








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