心が揺れるのは生きている証

このブログは人生の転換期を迎えた私が、転換期とは知らず、もがき苦しみ、道の途中で新たな生き方&思考・新たな自分の構築を模索しながら生きてきた証です。(現在進行形)


なぜか、うまく説得できた。

これを書いているのは2017年1月10日(火)ですが、気持ちも落ち着いたということで、昨年11月に起こった出来事を書き綴っていきたいと思います。




“肩書きで人を判断しない。あなたの様な人は初めてだ。”

同居人から私への、最後にして最上級の褒め言葉でした。

今回ばかりは、彼の思い通りにはなりませんでした。
私が、しっかりと覚悟を決めたからだと思います。

同居人との別れ話は、正直、命がけで、前半から中盤にかけてはヒヤヒヤしたのですが、、
最終的に、うまく説得できました。

(主治医からは、『第三者を間に入れた方がいいよ?彼が逆上したりして危ないから。
暴力振るってきたり、危ないと思ったら遠慮せずに迷わず110番してね。』と、何度も忠告されていたのですが、、
いつもの様に、突然、別れ話に発展しました。)

この日までに何度も突然、別れ話に発展しては、なぜか頓挫(急に中止)になっていたのですが、この日は違ったんです。
こちらが、意図したわけではないのにもかかわらず、なぜか、後半は、うまい具合に私が説得できる流れでした。

(見えない何かが導いてくれている様な、守っていてくれている様な感じ。…話す言葉が自然と口から出てきて、不思議なくらいトントン拍子に話が進んでいきました。)




母に電話したところ、彼の考えていたこととは違い、『今すぐ、お父さんと迎えに行くから、荷物をまとめておきな。』とのことでした。

(ここだけ見ると、普通の良い母親に見えますが…毒母の思惑は私を金づるにすることでした。
なぜ分かったのかというと、以前から分かっていた事の上に、さらに彼と母の電話のやりとりにより、それが明確なものとなったからです。
母は、この時も懲りずに、まだ私を自分の思い通りにコントロール出来ると思っていました。)

それぞれに思っていること・望んでいることは異なっていましたが、私の希望は叶うことになりました。




(ちなみに、彼の考えは『明日迎えに来てって言っても難しいだろうから…。どうすんの?どうやって帰るの?何で無計画にやるの?こういうのって、計画的にやるもんじゃないの!?』

『タクシーは?』と私が言ったら、『その発想は無かった。じゃぁ、やってもらおうじゃないか(笑)……出来もしないこというからムカつくんだよ!!(激怒)』という考えでした。

私に向けている、その矢印を彼自身に向ければ分かることなのですが、、
彼は彼で、やったこともないことをやっていたと言い、成し遂げていないことを成し遂げたと私に何度も言い続けていましたけどねー。
本人は、『話の流れで言っただけ』とか言っていましたが、、
私が話の流れで言っただけで、大激怒していたのに何なんだろう?

『自分はやって良くて人はダメなんか!?』と私や他人に怒っていた彼ですが、やっぱり、彼自身が“自分はやって良くて人はダメ”な人間なんですね。
主治医が言っていた通りです(;゜0゜))




どこまで話したかな?話を戻します。

まぁ、そうやって、彼は終始、怒っていたのですが、私には理由が分からずで…

後日、彼が怒っていた理由を主治医に聞いたところ、
『以前、Rinko。さんが言ったことが間違っていた時があって…それで、何でも俺が正しいんだから、いい加減にしろ!!という思いから今回は怒っていたんだと思うよ』とのことでした。




この記事をここまで読んでいて、ある部分で、あれ?と思った方が、いるんじゃないかと思います。
それは、カテゴリーに毒親・毒家族とあるのに、なぜ、その母親に電話したか?…です。

それは、何ヶ月も悩んだ末の答えでした。

自分の心底欲している願いというのは“疲れたから休みたい”でした。

毒母・毒父・毒祖母と、それぞれに問題があり解決しないままでしたが…
彼との生活より、疲れきっている自分を休ませることができる環境の確保が、当時の私には最優先事項だと確信していました。

ただ、実家までの移動手段は限られており、迎えに来てもらうには父か母に電話しなければなりませんでした。
父の声を耳元から入れたくなかった私は、母親に電話するしかありませんでした。

そして、毒家族と再び住み、逃げずにゼロから始めていくことを決めました。








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